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Sunday, January 31, 2021

社員の健康推進「予算がないから後回し」では済まない! 必要な予算は総務が作り出す - ITmedia

連載:総務プロの「攻めと守り」

 連載第1回〜第5回では、ウィズコロナの時代はオフィス変革のまたとないチャンスであること、「総務業務 36種MAP」を見ながら総務が「攻める」「守る」部分の整理、市場の理解、そして働き方改革でのテクノロジーへの投資方法の一つを紹介しました。

 最終回のテーマは「ウェルビーイング」(Well-Being)です。総務の立場では「社員が快適に仕事をすれば、自然と生産性が上がるように、プロセスと環境を継続的に整えることが重要」といったところでしょうか。

 人はほとんどの時間を建物内(人工的に作られた“built environment”)の中で過ごしています。そこを快適な場所に変えていくことが大事であり、そのために会社の予算を投じるのです。目的は、施設やオフィス機器の整備そのものではなく、最終的に社員の健康を支えることに他なりません。

photo 写真はイメージです(提供:ゲッティイメージズ)

社員1人当たり年間10万円を「人事関連」予算に 社員の健康を促進

 前回も触れましたが、コロナ禍により働き方が急変し、特に2021年以降、企業における「総務予算の変革」がオフィス市場で注目されています。総務という肩書を持つ全国の担当者が、1年間に発注する金額は20兆円を超えるのです。その中で、働き方改革により、総務が使える予算(総務サイフ)内では、ハード系のコスト、つまりオフィス関連コストや空調電気代、清掃代などが大きく削られます。

 大幅減となった部分が、ソフト系のコスト(社員の生活を支えるコスト)へ還元されるでしょう。計算では社員1人当たり、年間30万円を使えることになります。30万円のうち、10万円は何にも充てず削減、残り10万円=DX関連の予算、10万円=人事関連の予算へ振り替える、といった想定ができます(図1)。

photo (図1)総務が使える予算(総務サイフ)のニューノーマルと予算の振り替えの例=筆者作成

 これまでも、事業用不動産サービス大手のCBRE社が「オフィス空間の評価基準『WELL認証』(Well Building Standrd)を取得するためにかかる費用と効果(生産性向上)を比べると、投資効果が3.6倍」という試算を発表したことがありました。

 ですが、これは経営活動のベースラインコストを維持しながら、社員の健康のために追加コストをかけるケースです。社員1人当たり30万円以上はかかるといわれるWELL認証獲得のコストは、企業にとっては重荷であり、それ自体が取り組みのハードルを上げていました。社員の健康を思いやる気持ちはどの企業も当然ある一方、投資できなかった企業も多かったはずです。

 しかしコロナが働き方を変え、不動産コスト(オフィスの費用)の見直しが進み、1人当たり30万円のベースラインコストが削減可能となった今、社員の健康への投資にかけるCAPEX・OPEXコストは、数年の減価償却でPL換算すると「アンダーベースライン」のプロジェクトと化すわけです。

 人事予算へ振り替えられた「社員1人当たり年間10万円」という予算を使い、徐々に社員の健康へコストを割ける流れが多く企業で生まれると、筆者は推測します。本稿では、その簡単なシミュレーションとその効果を提言します。

実行可能な、Well-being施策の具体例

 Well-Beingの中身に関しては、専門的な書籍が多くありますので、ここでは割愛しますが、(図2)の通り、簡潔に「社員が身も心も、そして社会的(コミュニティー的)にも健全な状態にあり、その個々の能力を発揮できる状態」と筆者は解釈しています。

photo (図2)Well-beingの重要な3つの軸=米IWBIの資料より

 体の健康だけではその能力は十分に発揮できません。心が健全であること、そして心をつなぐコミュニティーへ所属して得られる安心感によって、能力を十分に発揮できます。分かりやすく言えば「アウェイではなく、ホームにいる感覚」です。会社というコミュニティーは「自分にとってホームである」という安心感を、社員に持ってもらうことで、能力を発揮できる土台が完成すると、筆者は考えています。

 その土台を作るための10項目がWell-Beingの分野では定義され、それぞれ科学的に、人間生態学的に、行動心理学的に実証されています(図3)。

 さらに詳しい内容は、Global Well-being Institute(IWBI)を参照ください。日本語の説明では、一般社団法人Green Building Japanが情報を集約していて分かりやすいです。

 また、日本国内でもWELL認証のみならず、働く環境をベースとした社員の健康戦略などをアドバイスしてくれる企業があります。woonerf(ヴォンエルフ、東京千代田区)なども参照ください。

photo (図3)Well-beingの重要な10項目。最新版では11個目の項目、イノベーションが加わっている=米IWBIの資料より

 (図3)の通り、Well-Beingの重要な10項目は、当然といえば当然の要素でもあり、概念的にも理解しやすいですが、具体的に総務・人事がどのような施策を打てるのかを考えるには、WELL認証を取得するためではなく「まずはWell-Beingの考え方を理解・考慮し、バランスよく働ける環境を社員へ提供すること」が一番重要と考えます。

 認証を取得することがそもそもの目的ではなく(それは結構大変で、労力と予算が必要)、本来の目的は社員を健康な状態で能力を発揮できるようにすることです。その身近な地道な活動の延長線上に、将来、WELL認証の取得があればなお良い、と考えます。

 例えば重要10項目の中でも、特に「人間の五感」に関するものが総務としては一番推進しやすい事項でしょう。コロナ禍で注目度が高まった空気・温熱環境(換気)だけでなく、「光」「食」「音」なども、効果が高く実践しやすいです。

photo (図4)WELL認証の例(シルバー)=米IWBIの資料より

 (図5)には、筆者が自らの総務の経験や最近の情報をもとに、総務が実行できるWell-being施策の具体例を、製品情報も含めて挙げています。

 これらのサービス導入には、予算を組む必要がありますが、おおかた「1人当たり、年間1万〜2万円」となることが、実際に業者の見積もりを取ってみると分かると思います。つまり、前述の社員1人当たり10万円の予算(ハード系コストの削減から発生した、OPEXベースラインの予算)によって、5〜10種類の施策を具体的に実践できるのです。

 総務のアクションとしては、まずはWell-being項目に沿って、関連するサービスを展開している業者をリスト化し、それぞれの見積もりを取ってみることからスタートできます。アクションあるのみです。

photo (図5)社員のために総務が活用できる、Well-being関連のサービスやツールの例=筆者作成

 誌面の都合上、その全部を紹介するのは難しいですが、例えば「空気環境」という側面では、浮遊ウイルス・菌を不活性化するという空気清浄機「ピュアウォッシャー」(クボタ)なども効果的です。強力な分、騒音が気になるかもしれませんが、人々が密集してシーンと仕事をしているオフィスが、今後も存続するとは限りません。

 オフィスに来る目的もコラボレーションやディスカッション、集いが目的となるなら多少の空調音も、例えば「オフィス内音楽」で解消できます。そのように音環境(リラックス)と空気環境(健康)を達成するオフィスをどう考えるか、総合的に実践することが「攻める総務」の役割です。

Well-beingへ投資する「攻める総務」が必要

 今まではこうした努力を、予算制限により「後回しにする」もしくは「皆ガマンしているから、文句を言わない」といった、考えが残っている会社も多くありました。果たしてニューノーマルにおいて、このような感覚の会社が生き残っていけるでしょうか。

 基本的な10の要素はハードルが高いわけでもなく、働く人が享受する当たり前の権利です。それらを後まわしにしながら、一方で「優秀人材を獲得したい」というのは本末転倒でしょう。

 GPTW(Great Place To Work:働きがいのある企業の世界ランキング)で上位に入る企業、例えばセールスフォースやモルガン・スタンレーなどは、Well-beingな環境を当たり前に整えている企業です。地道な努力によって、GPTWでの上位を維持しているのです。GPTWの上位ランキングに日本企業の名前がほとんど見受けられないことに、筆者は大きな憤りと焦りを感じます。働く環境に全くといっていいほど、施策を打ってこなかった代償ではないでしょうか。

 それでも競争社会の中で、日本企業はそれなりの力を発揮できている部分もあります。逆にいうと、日本企業が本気でWell-being施策を推進していたら、グローバル競争に勝てる「次の一手」があったかもしれないという見方もできます。どのように見るかは、その会社にもよりますが、筆者は明らかなチャンスと見ます。無駄(全部ではないですが)が多かったオフィスコストを見直し、Well-beingへ投資する「攻める総務」が必要です。世界の優秀人材を引きつけるためには必要条件となります。

 シミュレーション上では、このように総務サイフを削減、人事予算への振り替えという計算はできますが、実際には多くの企業には“部門間の壁”が存在します。なかなか「総務」「人事」「テクノロジー部門」が総合的に、このような予算移管まで突っ込んで議論し、経営判断までスピーディに持っていけるケースは少ないでしょう(いわゆる大企業病)。

 総務が削減したオフィスコストを、総務系の役員や一部キャリアの成果としてしまい、単なる削減となるケースも多いです。これは社員にとっては最大の不幸ということです。働き方改革の主役である社員が苦労している最中に、経営陣はコスト削減で満足して良いのでしょうか。

 そこで、経営陣によるトップダウン改革が求められます。プロジェクト組織(リーダー)を任命し、権限を与えて推進するのです。これらをスピーディに推進できる企業が、優秀人材を引き付けられるでしょう。会社の生産性を上げる面でも効果があり、リモートワークで成果がなかなか上がらない社員(個人差があって当たり前)に対しても、ストレスを低減させ、徐々に成果を上げていく好スパイラルを演出できるはずです。

 最後に「攻める総務」を本気で実践したい皆さまへ。

 本連載を通じ、従来の「固定費」と思われてた不動産コストが働き方改革により、今後どんどん「動く」ことで、多くのサービスを一気に取り入れられる──ということをご理解いただければ幸いです。

 皆さまの個々の努力、「攻める総務」が作り出した予算シフトにより、市場が大きく動くのです。市場が動けば、選択肢もどんどん増えてきます。デジタル変革(DX)、そして社員の健康的なワークライフを考える“本気の予算活用”が進み、社員が潜在能力を発揮でき、日本企業がGPTW世界ランキングで上位に進出することを筆者は祈っています。

 第1回〜6回まで、ご購読いただきありがとうございました。皆さまの企業の今後のオフィス戦略から総務のDX戦略、社員のための健康戦略を応援いたします。筆者が代表を務めるHite&Co.としても、そのような戦略策定・実践プロジェクトの立ち上げをお手伝いさせていただく機会があれば、ぜひお声がけください。

 これまでの連載(第1回〜5回)はこちらから。

著者紹介:金英範

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 株式会社 Hite & Co.代表取締役社長。「総務から社員を元気に、会社を元気に!」がモットー。25年以上に渡り、日系・外資系大企業の計7社にて総務・ファシリティマネジメントを実務経験してきた“総務プロ”。

 インハウス業務とサービスプロバイダーの両方の立場から、企業の不動産戦略や社員働き方変化に伴うオフィス変革&再構築を主軸に、独自のイノベーティブな手法でファシリティコストの大幅な削減と同時に社員サービスの向上など、スタートアップから大企業まで幅広く実践してきた。

 JFMAやコアネットなどの業界団体でのリーダーシップ、企業総務部への戦略コンサルティングの実績も持つ。Master of Corporate Real Estate(MCR)認定ファシリティマネジャー、一級建築士の資格を保有。


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