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Saturday, August 29, 2020

不思議な飲み物「紅茶珈琲」――香港の茶餐廰から(1)(本がすき。) - Yahoo!ニュース

コロナ禍で海外旅行に出られない日々が続きます。忙しない日常の中で「アジアが足りない」と感じる方へ、ゆるゆる、のんびり、ときに騒がしいあの旅の感じをまた味わいたい方へ、香港、台湾、中国や東南アジアの国々などを旅してきた作家の下川裕治が、日本にいながらアジアを感じられる場所や物を紹介します。

 香港の朝はいつも茶餐廰(チャーチャーンテーン)である。いや、昼も夜も茶餐廰のテーブルといってもいい。茶餐廰は日本流にいうとファミリーレストランということになるのかもしれないが、旅行者目線で語れば安食堂である。  香港人の生活パターンを見ると、朝は早茶という飲茶やファストフード、昼は会社近くの茶餐廰やそのレベルの食堂、夜は家の近くの店といった感じが多い。旅行者はそれらすべてが茶餐廰といった状態に陥ることは珍しくない。とにかくなんでもあるからだ。以前は夜の居酒屋として使っていたこともある。  僕はいつも重慶大廈(チョンキンマンション)のゲストハウスに泊まるから、足を向ける茶餐廰は決まっている。香港の物価は高い。それほどの食通でもないので、なにも考えずに茶餐廰のメニューを見ている朝が多い。重慶大廈周辺の飲茶は観光客向けで食指が動かないからだ。

 茶餐廰の朝。そこで鴛鴦茶(ユンヨンチャー)と出合った。メニューを見て、最初はなにかわからなかった。紅茶コーヒー、つまり紅茶とコーヒーを混ぜたものだとわかったが、鴛鴦はおしどり。おしどり夫婦といえば仲睦まじいいという意味になる。紅茶とコーヒーは仲がいいのか。「いや、そんなことはない。混ぜてはいけないのではないか」と拳を挙げそうになったが、好奇心が勝り、頼んでみることにした。  そのときはカメラマンと一緒だった。ともに鴛鴦茶を啜り、彼が悩みながらこういった。 「疲れます。紅茶だと思って飲むと紅茶、コーヒーだと思って飲むとコーヒー。頭のなかのやじろべえが右に左へと傾いて……」  たしかにそうだった。味以前にそのあたりに引っかった。しかし不思議飲み物も、毎朝飲んでいると、日常のなかに溶け込んでいく。いつしか、香港の朝は鴛鴦茶になってしまった。こういうタイプを主体性のない旅行者というのかもしれないが。  日々、茶餐廰の漢字メニューと格闘を続けていると、鴛鴦茶の先にある香港洋食の世界にわけ入ることになる。  たとえば麺。メニューには、米粉、通粉、意粉、公仔麺などと書かれている。それぞれ解説する。 米粉=通常の中国風麺 通粉=マカロニ 意粉=スパゲティー 公仔麺=インスタント麺。店によっては出前一丁と書かれている。出前一丁は香港人が大好きなインスタント麺。  意粉を頼んでみる。茶餐廰のそれは、ラーメン丼のスープのなかにスパゲティーが泳いでいた。これは完全にそばではないか。スープスパゲティとは根本的に違う。硬めのスープ麺なのだ。もともとあった中国風のそばの麺をスパゲティーに入れ替えてしまったのだ。  中国と西洋の食文化をいともあっさりと融合させてしまう。香港洋食の底を流れるものはその発想である。

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