現生のボルネオオラウータンの後ろ姿。尾が消失したのいつなのか gettyimages
長い長い進化の中で、私たちの祖先は、何を得て、何を失い、何と別れてきたのかーー
約46億年と言われる地球の歴史において、生命が誕生は、遅くとも約39億5000万年前と言われています。そして、最初の人類が登場するのは、約700万年前。長い地球の歴史から見れば、“ごく最近”です。
しかし、そのホモ・サピエンスも、突如として誕生したわけではありません。初期生命から現在へと連綿と続く進化の果てに、生まれたのです。私たち「ホモ・サピエンス」という一つの種に絞って、その歴史をたどってみたら、どのような道程が見えてくるでしょうか。そんな道のりを、【70の道標(みちしるべ)】に注目して紡いだ、壮大な物語がです。
この『サピエンス前史』から、70の道標から、とくに注目したい「読みどころ」をご紹介していきましょう。今回は、いよいよ類人猿へと歩みを進めたサピエンスへの道程から、尾の消失と、オラウータンへの系譜との別れを見てみましょう。
*本記事は、『サピエンス前史 脊椎動物から人類に至る5億年の物語』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
サルのグループを“ヒトに至る系譜”から整理する
仮にサルが進化しつづけても、ヒトに至ることはない。なぜならば、一般に「サル」と呼ばれる「旧世界ザル」のグループは、“ヒトに至る系譜”と古第三紀のうちに袂を分かっているからだ。サルとヒトは、いわば親戚のような関係にあり、共通する祖先は存在するものの、進化の道筋は別である。
なお、すでに見てきたように、新世界ザルのグループは、旧世界ザルと“ヒトに至る系譜”が分かれる前に分岐している。彼らは、旧世界ザルよりも私たちとは遠縁の存在だ。
旧世界ザルと袂を分かった“ヒトに至る系譜”には、「類人猿」が登場した。
生物学では、分類を「界・門・綱・目・科・属・種」といった階級で分ける「階層分類法」というものがある。類人猿をこの階層分類法で表記すると「ヒト上科(Hominoidea)」となる。
この表記が意味するように、類人猿というグループは、ヒトを内包する。現生種でいえば、ヒト以外にもテナガザルの仲間やオランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボなどが含まれる。
初期の類人猿の“代表的な姿”は、ケニアに分布する中新世の前期の地層から化石が発見されている「プロコンスル(Proconsul)」に見ることができる。
尾を失った「プロコンスル」
一見してわかる類人猿の特徴は、“尾の部分”にある。
同じ狭鼻猿類であっても、漸新世までに袂を分かったオナガザル類には長い尾がある(なにしろ、「オナガザル類」である)。
対して、初期の類人猿であるプロコンスルには、尾がない 。ヒトに至る道標(52番目の特徴)だ。
霊長類において、尾は「素早い動き」をすることに使われている。京都大学霊長類研究所の編著『新しい霊長類学』(2009年刊行)によれば、樹上にしろ、地上にしろ、尾は高速移動時のバランス保持に用いられるという。そのため、プロコンスルに尾がなかったことから、プロコンスルが従来の霊長類ほどの素早い動きをしていなかった可能性が示唆されている。
口の中をみると、従来の狭鼻猿類よりも臼歯の咬頭は低くなり、雑食に適するようになった。咬頭の低い“雑食向きの臼歯”は、ヒトに至る道標(53番目の特徴)である。相対的に切歯が大きくなっていたことも特徴といえるかもしれない。これは、雑食とはいえ、果実食に重点がおかれるようになっていた可能性を示唆している。
そして、頭部は大きくなり、脳容積が増した。
前肢は樹上生活に適したつくりとなっている。手では母指対向性がさらに発達し、「ものを掴む能力」は高かった。
いっぽうで、プロコンスルの足にも「ものを掴む力」があったとみられている。プロコンスルの足の親指に、現生の類人猿と似た対向性が確認されるからだ。そして、後肢だけで立つことは難しく、跳躍や走行能力は乏しかったともされる。
総じて、プロコンスルは、まだ 、手足で枝を摑む樹上生活者の特徴が濃い。
全体的な姿としては、「尾がない」という点をのぞけば、オナガザル類とさほど変わらなかった。肩高は40センチメートルほど。頭胴長もオナガザル類と同じくらいだ。サイズという面でみても、オナガザル類とさほど変わらない。
もっとも、「尾がない」ということだけでも、革新的なことである。なにしろ、四足動物として上陸してから3億年以上も、“ヒトに至る系譜”は、尾を備えていたのだ。その意味で、“尾との決別”は、その後の物語の展開を決定づけたのかもしれない。
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