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Sunday, May 15, 2022

パフォーマンスが下がった社員 賃金は下げられる? 人間の心理「損失回避」に注意 - ITmedia ビジネスオンライン

Q 賃金制度づくりの本を読んだりセミナーを聞いたりすると、定期昇給やベースアップなど賃金を上げる方法だけを解説していて、賃金を下げる話は出てきません。わが社には病気を患ったのを境に成果が下がった社員がおります。このような場合、賃金を下げる制度というものはありませんでしょうか。

A 賃金を下げることは困難です。人間には「損失回避」という心理があるので留意が必要です。

賃金を下げることは困難

 残念ながら、パフォーマンスが下がったとはいえ、同じ仕事をさせながら賃金を下げることは困難です。

 現状で貴社の給与規定に賃金を下げる条項がないとしたら、新たに作ることになります。例えば、評価ランクが最低である場合、定期昇給でマイナス昇給をするとか、賞与が不支給になるとかの条項を新たに設けます。これは給与規定の不利益変更です。

 不利益変更が裁判所から有効であると判断されるためには、その変更に合理性が必要です。人事評価を経るとはいえ、会社側が一方的に労働者の賃金を減額できるような制度変更に、合理性があると判断されるかどうかは分かりません。

賃金を下げて会社が得をすることはない

 一度決めた賃金を下げることは法的に困難なだけでなく、経済効率の面でも問題があります。人間には「損失回避」といって、得をしたことよりも損をしたことの方を重視する心理があります。

photo 写真はイメージです(提供:ゲッティイメージズ)

 例えば今日、何かの拍子で思いがけず10万円が手に入ったとします。その10万円を帰りの電車に置き忘れてしまったとしたらどう感じるでしょうか。差し引きゼロでうれしくも悲しくもないでしょうか。平均的には、何もない(もともと得をしていない)状態から10万円を失った場合と同じ悲しみが残るはずです。損失は平均して、利得の2倍の精神的インパクトがあるといわれているからです。

 損失回避の心理があるので、賃金を1割下げたら、やる気は1割以上下がってしまいます。会社にとって、かえって効率が悪くなります。

 米国には労働法に「随意雇用」という考え方があり、解雇が広範に認められています。解雇が容易であれば、解雇が良いか賃金ダウンが良いかという選択も容易にさせられます。そのとき労働者の多くは賃金ダウンを選ぶはずです。単純に考えれば、今までと同じ労働投入量で賃金コストだけが下がるのですから、会社にとって大助かりのはずです。しかし実際のところ、経営者は賃金カットを選ばないといいます。社員が会社に対するコミットメントを失い、モラルが低下するリスクの方が大きいことを知っているからです。

 賃金を下げて会社が得をすることはありません。

解雇は慎重に

 では解雇するのかということになりますが、これは慎重になる必要があります。

  企業には、その濫用(らんよう)こそ禁止されているものの、解雇権があります。どの会社の就業規則にも「業務成績が著しく低下した場合は解雇する」という趣旨の条項があります。例えば、厚生労働省のモデル就業規則にも、次のようなことが解雇事由として挙げられています。

  • 勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、労働者としての職責を果たし得ないとき。
  • 勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき。
  • 精神又は身体の障害により業務に耐えられないとき。

 就業規則にのっとった解雇は濫用ではありません。しかしいったん会社が解雇権を行使すると、今度は他の社員も今の職場に甘んじようとはしなくなります。

photo 写真はイメージです(提供:ゲッティイメージズ)

 随意雇用である米国では、「現在の職場に不満があるわけではないものの、日常的に転職サイトをチェックしたり、リクルーターとの情報交換を通じて、常に『緩い』転職活動を行っている」あるいは「3〜5年ごとの転職は順調な前進のうちで、一つの職や組織に10年以上勤続する人はむしろまれである。その意味で、たとえフルタイムの職でも全ての仕事は一時的である」という説もあります。

最善なのは中間的な道

 結局のところ、最善なのは賃金ダウンと退職の中間的な措置です。例えば1時間当たり賃金は今の金額を保ったうえで所定労働時間を短縮し、それにスライドして賃金総額を減らします。あるいは仕事をより負担が軽いものに転換し、やはりスライドして賃金を下げます。いずれにしても体調が回復したときには元の仕事、元の賃金を回復させることを約束します。そうすれば本人も健康の回復に向けて意欲を持てます。

著者紹介:神田靖美

人事評価専門のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。企業に対してパフォーマンスマネジメントやインセンティブなど、さまざまな評価手法の導入と運用をサポート。執筆活動も精力的に展開し、著書に『スリーステップ式だから、成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)、『会社の法務・総務・人事のしごと事典』(共著、日本実業出版社)、『賃金事典』(共著、労働調査会)など。Webマガジンや新聞、雑誌に出稿多数。上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。MBA、日本賃金学会会員、埼玉県職業能力開発協会講師。1961年生まれ。趣味は東南アジア旅行。ホテルも予約せず、ボストンバッグ一つ提げてふらっと出掛ける。

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