1月31日、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)は、アメリカのゲーム会社「Bungie」を買収すると発表した。買収額は36億ドル(約4140億円)と、過去のSIEによるゲーム会社買収の中でも最高額となる。
先日、マイクロソフトが米Activision Blizzardを687億ドル(約7.8兆円)で買収する、という発表があったこともあり、SIEによる今回の買収は「対抗策」という見方が強い。
今回の買収の背景について解説してみよう。
「独立」がBungieの買収条件だった
Bungieは1991年創業であり、昨年30周年を迎えた長い歴史をもつゲームメーカーである。
その歴史は、経営体制の変化とともに主力作品を変えてきた会社、ともいえる。独立系で「Marathon」などのMac用ゲームを強みとしていた時代、マイクロソフト傘下で、いまや一大フランチャイズとなった「Halo」シリーズを開発していた時代、そして、オンラインタイトルである「Destiny」シリーズを主軸とする時代。
要は「独立系ゲームデベロッパーが大手に買収され、巨大なヒットを生んだがその後独立し、またSIEという大手の傘下に入る」という流れである。
ただし、再び大手プラットフォーマーに買収される形とはいえ、今回はちょっと趣が異なる。
ニュースリリースには、タイトルにも冒頭の概要にも「独立」「独自」の文字が躍る。「Bungieは引き続き独立したスタジオとして運営され、独自のパブリッシングにより、プラットフォームを問わず、プレイヤーにゲームタイトルを提供します」とされており、Bungieが開発するタイトルがPlayStation独占になる、というわけではないようだ。
この辺は、マイクロソフトによるActivision Blizzard買収時に、「Call of DutyシリーズはPlayStationでも出る」とアナウンスされた状況に近い。すべてのタイトルがすべてのプラットフォームで出るかはわからないが、「独占」が必ずしもメリットではなくなってきている状況を思わせる。
特に今回は、リリースの冒頭で強調されていることから、Bungieの買収について「同社が買収後も独自の運営方針を貫くこと」が、買収成立に関して重要な条件であった、という事情が透けて見える。
1990年代末、「Macファンを支えるゲームメーカー」という印象であり、大きなメーカーではなかったBungieは、マイクロソフト傘下で「Halo」が大ヒットさせるが、その後、「Halo」シリーズの権利をマイクロソフトに残したまま独立する。Haloというドル箱の開発を続けるのでなく、独立したメーカーであることを選んだわけだ。
なお、独立後に手がけたプロジェクトである「Destiny」シリーズは2014年にサービスを開始するが、2010年にActivision Blizzardと10年間のパブリッシング契約を結ぶ形でスタートした。ただ、その後2019年1月、8年で契約を解消し、Bungieが独自に販売・運営を行う形に変わっている。SIE傘下に入ったのは、Destinyシリーズを長期安定運営することも目的の1つとされている。
その背景にActivision Blizzardとの「別れ」があったこと、そのActivision Blizzardが(Bungieの件とは無関係だが)マイクロソフトに買収されたことなどを考えると、今回の買収はなかなか味わい深い。
ソニーがBungieに期待する「ライブゲーム・サービス」のノウハウ
SIEはなぜBungieを買収したのか?
マイクロソフトによるActivision Blizzardの買収に対抗し……と言及されることが多いのだが、この辺はちょっと微妙ではある。
この種の買収交渉には長い時間が必要なので、当然ながら、Activision Blizzard買収の発表から動いた話ではなかろう。Activision Blizzardの話があったので発表タイミングが早まった可能性はあるが、直接的な「対抗」なのはそのくらい。SIEとしてずっと進めてきた「買収戦略」の一環なのだろう。
ソニーグループ・代表執行役副社長兼CFOの十時裕樹氏は、2月2日に開催した、ソニーグループ・2021年度第3四半期決算説明会の中で、Activision Blizzard買収の影響についての筆者からの質問に、「まだ終わった話ではなく、どういう変化が起きるかも読みづらいため、他社のM&Aの影響について、予断を持つのは避ける」とコメントした。
その上で、Bungieの買収について、3つの柱を提示した上で、特に「ライブゲーム・サービスへの期待」を語る。
ライブゲーム・サービスとはいわゆるネットワークゲームのこと、と考えていただいてかまわないが、中でも多くの人が同時に参加し、楽しむタイプのものを指す。
以下のグラフは、ソニーグループ・2021年度第3四半期決算説明会の中で示されたデータだ。
全世界で消費者がゲーム関連のビジネスに投じた金額をまとめた統計だが、2014年以降、市場全体は12%成長したなかで、「ゲームのアドオンコンテンツ」は15%成長しており、実質的に、「ゲームをプレイするためにアドオンに投じたお金」が、市場の伸びを支えているのがわかる。この統計はモバイル・PC・家庭用ゲームなどすべてを合計した額、という前提で見ると、納得していただきやすいのではないかと思う。
Bungieの現在の主力商品は「Destiny」シリーズであり、特に現在展開中の「Destiny 2」は基本プレイが無料、追加コンテンツやゲーム内通貨に課金する形になっている。まさに「ライブゲーム・サービス」であり、その運営を長く続けているだけに多くのノウハウもある。
十時氏は2025年までの目標として、「自社制作ゲームの売上を現在の2倍以上に拡大すること」「10タイトル以上のライブゲーム・サービスを立ち上げること」を掲げている。
オンラインゲームの収益とそのノウハウ、ユーザーベースの獲得、という流れだと分析すれば、Activision Blizzardの買収も似た目的を持っているわけだが、ソニーとBungieは、目的をより明確に示したといえるだろう。
Bungieには「IP」と「クリエイター」がある
買収の狙いはこれだけではない。
同様に、重要なのは「IP」=権利を押さえることであり、同時に、次のIPを生み出す「開発力」を確保することでもある。
Bungieのピート・パーソンズCEOは、リリースの中で次のように述べている。
「BungieとSIEはいずれも、ゲームの世界というのは、私たちのIPの最初の一形態に過ぎないと思っています」
すなわち、Bungieは映画化やドラマ化を含めた、多様なIPの活用方法があると考えており、そのパートナーとしてはソニーグループが良い……と考えた、ということだろう。ソニー・十時氏も「BungieはIPを大きく育てたい希望を持っている」とコメントしている。
巨大で歴史の長い運営型ゲームは、ゲームを運営していく過程で、世界観を構成するために必要な要素を大量に生み出す。Bungieは「SF的な世界観」に特化しているものの、そうした手法を得意としている。
Mac向け時代の主要作品である「Marathon」、マイクロソフト時代の「Halo」、そして現在の主力である「Destiny」シリーズには、それぞれ共通のモチーフが使われている。ちょっとしたファンサービス、といってしまえばそれまでなのだが、それがちゃんと馴染むくらい、じっくりと作られた世界観がそれぞれに存在する、ということでもある。
筆者はそれぞれの作品についてそこまで熱心なファンではないが、プレイしたことはある。特にDestinyについては、多少プレイしただけで、大量のアセットと、それを生み出すための世界観を構築するコストが想像できて、圧倒されたのを思い出す。
Destinyシリーズは現在「Destiny 2」となっており、運営開始からは8年が経過しようとしている。プレイヤー数は、「Steam全体でもっとも遊ばれているゲーム」トップ10に顔を出すほどであり、PCだけでもかなりのものだ。
SIEからみれば、人気のIPとそれを開発できる能力、大規模なネットゲーム運用ノウハウの3点をセットで傘下に置けるわけで、十分に価値がある買収だった、と考えているだろう。
例えば、今回の買収の金額のうち、3分の1は「Bungieにいる従業員がそのままBungieに残ってくれるためのプレミアム」として使われる。Bungieには900人近くのクリエイターが在籍しているが、株式のほとんどはその従業員が持っているため、そこでプレミアムをつけて報いることで、買収後も人材・ノウハウの散逸を防ぐ手立てが採られている。
案件の大型化によって「M&AとIP集約」は世界中で進む
他方でBungieはDestinyの「次」となる新規IPを開発中であり、資金的な面での安定が必要だった、と考えられる。過去には2018年に、中国NetEaseと「新作に関するパートナーシップ」を締結し、1億ドルの出資も得ているが、SIEによる買収で財務基盤はさらに安定する。
Destinyは2014年のスタート段階で5億ドル(約573億円)の予算をかけて開発したと言われており、これは当時の最高額でもある。新作がそれと同等以上の予算を必要とするなら、安定はなにより重要だし、ゲーム以外のコンテンツへの展開も必須のものとなる。
IPへ投資するという意味では、ソニーやマイクロソフトに限った話ではない。
今後、中国系企業の「中国の外での展開」はより活発になるだろう。中国国内での規制によって、中国向けゲームビジネスが厳しくなったため、その資金とビジネスの方向性は国外に向かわざるを得ない。NetEase Gamesは、特に日本国内のゲームクリエイターやゲームスタジオへの投資を加速している。もちろん、VR関連のゲームではMetaが買収戦略を採っているし、スウェーデンのEmbracer Groupは2019年以降買収戦略を加速し、多数のゲームスタジオを抱える企業グループとして存在感を増している。
ゲーム関連事業の大型化により、M&Aによって企業自体が再編されて財務状況を安定させ、IPと人員を確保した上で次の戦略を練るのは、もはやどこにとっても基本路線といえるだろう。
からの記事と詳細 ( ソニーがBungie買収で手に入れたかった「とあるノウハウ」 勢い増すゲーム企業の買収合戦 - ITmedia )
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